今日は10月11日、
1並びって何か気持ち良いですね。

今日夜7時半からNHKで放送された
「世界のプリンセス物語」

目をハートにして見てましたが、
素敵でした。

ジャーナリストや銀行員として働いていた民間出身のプリンセス、
離婚歴がある女性やシングルマザーだった女性まで。

世界各国のプリンセス達のプリンセスストーリー。
記事にまとめたので見てくださいね。

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王室のある国々

世界に王室のある国は27カ国。

イギリス・オマーン・オランダ・カタール・カンボジア・クウェート・サウジアラビア
サモア・スウェーデン・スペイン・スワジランド・タイ・デンマーク・トンガ・
日本・ノルウェー・バーレーン・ブータン・ブルネイ・ベルギー・マレーシア
モナコ・モロッコ・ヨルダン・リヒテンシュタイン・ルクセンブルク・レソト

このうち、ヨーロッパには10の王室があります。

今日のNHKでは、
ヨーロッパの王室に注目しました。

 

スペイン・レティシア妃の結婚式

太陽と情熱の国スペイン。

ヨーロッパ有数の伝統を誇るスペイン王室ブルボン家。

2004年5月22日、
世界各国の王族など1700人が招かれ、

その結婚式が華々しく執り行われました。

花婿はフェリペ六世。
当時ヨーロッパで一番モテると言われたプリンス中のプリンスです。

そんな王子のハートを射止めたのは、
レティシア・オルティス。

結婚への障害

ですが当初この結婚は強い反対を受けていました。

レティシアは貴族ではなく一般家庭の出身。

スペイン王室の歴史において民間の女性が嫁ぐのは初めてのことだったからです。

しかもこの結婚には致命的な障害がありました。

それは、
レティシアの離婚歴です。

レティシア・オルティスとは?

レティシアは、
1972年スペイン北部の町・オビエド生まれ。

父親は地元のラジオ局で働き、
母親は専業主婦、

極一般的な家庭で育ちました。

小さい頃から父同様、ジャーナリストになる夢があり、

大学卒業後、念願の新聞社やテレビ局で活躍、

持ち前の行動力で、
アメリカ同時多発テロや、
イラク戦争の現場で精力的に取材。

27歳の時には、
国営放送のニュースキャスターに抜擢。

30歳以下の優れたジャーナリストに贈るラーラ賞が与えられました。

レティシアに惹かれたフェリペ皇太子

そんなレティシアに惹かれたのは、
スペイン王室のフェリペ皇太子。

”美人で頭も良い女性”

2002年10月、
2人の共通の友人が開いた夕食会で初めて出会い、

2人はすぐ意気投合。
ずっと語り合ったといいます。

その2ヶ月後、
以外な場所で再開します。

石油タンカーで難破した事故で、

レティシアはリポーターとして、
皇太子は慰問に来ていたのです。

ジャーナリストとして確実にキャリアを重ねていたレティシアに、

皇太子が熱心にアプローチ。
やがて交際がスタートします。

スペイン王室に詳しい、
ジャーナリストのギド・クノップ氏によると、

皇太子の前には数多くの女性が現れたが、
いずれも退屈な女性だったのでしょう

レティシアは一筋縄ではいかない刺激的な女性だったといいます。

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レティシアの離婚歴が障害に

皇太子はレティシアとの結婚を考え始めますが、

そこに立ちはだかったのが、
レティシアの経歴でした。

レティシアは25歳の時、
高校時代の教師と結婚。

1年で破局を迎えていました。

離婚歴、
これは致命的でした。

というのもスペイン王室は経験なカトリック、
その教えは結婚は神の前での制約。

離婚など認められません。

国王夫妻は大反対。

国王夫妻は以前から、
息子の妻は貴族出身、敬虔なカトリック出身であるべきだと思っていたからです。

そのため過去には何度も息子の恋愛を阻んできたことも。

国王夫妻にとって離婚歴など論外のこと。

保守的な人々からも強い反発があり、

”レティシアは王妃の器を備えていない。
しかも離婚している。

こういう女性との結婚は、
スペイン王室の品格を下げる。”

このような反発が巻き起こりました。

彼女と結婚出来ないなら結婚しない

それを覆したのは皇太子のこの言葉。

”彼女と結婚出来ないなら、
誰とも結婚しない”

その言葉は国王夫妻にとっては脅威。

彼が結婚しないとなると、
500年の歴史のスペイン王家が途絶えてしまいます。

皇太子の固い決意の前に、
国王夫妻はついに結婚を承諾!

その一方が伝わるや、
国民はテレビで人気のレティシアを大歓迎!

カトリックなのに離婚歴許された理由とは

カトリック教会も理解を示します。

その理由は、
レティシアが最初の結婚を協会で行っていなかったから。

その結婚は、
役場に届け出ただけで協会が認めたものではなかったのです。

交際から1年後、
2003年11月6日に2人は、婚約発表記者会見を行いました。

皇太子は、
彼女の賢明さ、責任感、そして勇気は重要な決め手でした。

皇太子と対等に渡り合うレティシア

揺るぎない信条と誠実な仕事ぶりを知ってからは更に惹かれました、
とレティシアについて語り、

レティシアが、
多くの方々の支えと・・・

皇太子
僕は支えていないけどね。

レティシア
最後まで喋らせて(笑

皇太子と対等に渡り合うレティシア。

国民は彼女に新しいプリンセス像を見出しました。

結婚後レティシア妃となった彼女は、
様々な公式行事に王室代表として参加。

社会活動にも積極的に取り組んでいます。

人前でのスピーチはお手のもの。

働くプリンセスとして、
世界中を飛び回っています。

その後2014年6月、
夫のフェリペ皇太子が王位を継いでスペイン王妃となりました。

カトリックでは離婚は許されないという中、
皆で必死に考えて出した結論が、

協会で結婚式を上げていないのでOKではないか、というもの。

何だか微笑ましいですね。」

でも、もし協会で結婚式を上げていたらどうなっていたのでしょうか?

1972年スペイン レティシア妃(民間出身)

何があったのでしょうか、
心配です。

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